
パラッツォ・ファイラホテルの入口(左・旗が立っている)
2019年12月21日撮影
2019年12月21日撮影
※アリタリアの後継企業であるITAの運航が日本でもついに開始されました。チケットも6月搭乗分から販売されています。日本からイタリアへ行く唯一の直行便です。アリタリアのマイレージプログラム「MilleMiglia(ミッレミリア)」に変わって、その名称は「Volare」(ボラーレ♪)。日本語に訳すと「飛ぶ」。なんかねぇ…そのままやん、とつっこみました。
■2019年12月21日(2022.3.13記)
イタリアに到着して早々に、モディカという町に出かけたのですが、二泊三日の予定だったため、宿泊をどこにするかとても迷いました。前述した通り、モディカはこんな→凹/形状をした町で、へこんだ部分がメイン通りのコルソ・ウンベルト、その大通りの両サイドに人々が暮らす居住エリアが広がっていて、その光景は、コルソ・ウンベルトから見上げると、それはもう山際に建物がへばりついている、といった風情です。
見ている分にはいいけれど、あそこまで荷物を持って歩いて昇るのはどんなにきつい行程が待っているか想像に難くないことと思います。その難行を、例によって行ってみようと実行したわけですが、もう一度、となると考えこんでしまいます。喉元を過ぎても熱さは忘れない…いや、昨日の事のように蘇(よみがえ)る。

モディカの町/コルソ・ウンベルトが町を二分する
Pizzo Belvedereより撮影
Pizzo Belvedereより撮影
2019年12月21日
なぜこんなことになったかと言うと、山のてっぺんにあるホテルを予約して安易に徒歩で向かったからでした。しかも、ショートカットになる近道を選んだ為に、まるでロッククライミングでもしているかのようでした。山の上に宿泊を考えている方にはタクシーの利用をお勧めします。それも事前にホテルに依頼しておくことを。バスが着く広場にはタクシー乗り場はあるものの、恐らくそこにはタクシーは停まっていないと思います。そう腹をくくって臨んで下さい。(←ちょっと脅します)

コルソ・ウンベルトよりアルタ地区を見上げる
あの山のてっぺんのホテルに徒歩で向かいました
2019年12月21日撮影
あの山のてっぺんのホテルに徒歩で向かいました
2019年12月21日撮影
さて、そのホテルですが、オフシーズンでもあるため、宿泊者の気配はなく、とても静かでした。それでもホテルの人は、フロントからお掃除係の人に至るまで、とても親切で好感が持てました。季節外れの、それも町は閑散とするクリスマスの時期にやってきた平たい顔族の女性客を、仕事とはいえ、よく歓待して下さったと思います。

モディカの宿泊先パラッツォ・ファイラホテル
2019年12月21日撮影
そんなこともあって、初日の夕食はホテルで摂ることに。もっとも周辺に気軽に入れそうなお店を見つけられなかったことが一番の理由でしたが、さりとて町の中心街へそう何度も降りて行く気力も体力もない、実のところこれが本音でした。
さて、レストランには、先客が一人居ましたが、どうも地元の人だったようで、私が席に着くと同時にコーヒーを飲み終えて帰って行きました。彼を見送ったカメリエーレさんは、すぐにやって来て注文を聞いてくれましたが、ここで出された前菜に目がパチクリ~☆驚くことになります。
-続く-
-余談-
カターニアからモディカへのバスはコルソ・ウンベルトの広場に停まります。以下がバス停とASTのバスの切符を売っているバールの位置関係です(2021年7月のストリートビューより)

ラグーサ行きのバスに乗れなかった私は、このバールでタクシーを呼んでもらいました。その時の経緯に同情してくれたからかもしれませんが、モディカの町のタクシーの連絡先をこのバールは把握しているのは確かなので、もしもの時はタクシーの依頼をしてみるのもいいかも知れません。(…続く)